二つの親 8

支援者の会議室は光の住む兄の家の書斎であった。
小金井街道清瀬方面に車を走らせていくと小平市に入ったところの鈴木町の交差点を左に曲がるその道道は古くからある大きな農家が何族か並び、新しくビルが建ったりと旧新の時代が入り交じった町並みだ。鈴木町の由来も鈴木という名の農家一族が多いので付いた町名だと言うことらしい。兄の家は親から受け継いだ元々大きな農家で有った為家も大きく間取りも広い。今は農家を辞め、農地は税金対策のために売り払っていたので今では広い庭を持つ大きな家だけが残っている。光の旧姓は野本と言う。この地に根付いた農家に多い姓のひとつであった。勿論兄も野村である。野村明夫五十二歳、現在は大きな証券会社に務めて居る。清志の支援のためにこの十四年の間、大きな働きをしていたが仕事に穴を空ける事は滅多に無くその意味でも努力家な男であり光はこの兄を尊敬しているのだ。玄関迄が遠い。そんな広い土地には季節の花や樹木が沢山都会では味わえておおらかな気持ちにさせてくれる。三人は高雄を覗いて初めてその玄関迄を歩いていた。広い菊の花の花壇を曲がると其の大きな玄関から其の明夫が飛び出してきた。「す、鈴木さん、男が、中川が捕まった!」と叫びながらかけて来た。
それには高雄も由美子もそして純也も驚きを隠せなかった。顔を見合わせしていると、
「皆集まってます!さ、どうぞどうぞ!」
と興奮を隠せない明夫が案内してくれる。
、この人が母ちゃんの兄さんなんだ、
小さな時会ってはいたのだが純也にとって初めて会う人のようだった。
温和な顔立ちのコロコロとした身体付きをしている。
痩せて小さな光とは兄妹にはとても見えないな。と思いながら其の書斎のそばまで行くと大勢の興奮した声が嫌でも聞こえてきた。「有村さん、これで再審請求通りますよね!」と大きな声を出してる男性がいたり良かった良かったと泣いてる女性たちの声がしている。この14年間共に闘って来た人達の興奮は収まらないようだ。そこへ高雄達が顔を出したのである。
書物をしていた光はドアーの方を向くと驚いた顔を見せて転がるように純也の元へ駆け寄って来た。
純也の顔を背伸びをしながら撫で回すと
「純也、純也」と名前を呼び続けている。
再審請求のことで湧いていた支援者も涙を隠せない。
どれ程我が子に会いたかったか。皆知っている。
この気丈な母に純也は言葉を失っていた。もういい青年である。
八歳の頃から今まで純也もどれ程この母と会いたたかったか。

しかし目の前にいる母は年寄りも大分老けて疲れているように見えた。
やっと我に返り「母ちゃん!お疲れ様…。」と言うのがやっとだった。それだけ胸が震えていた。何度夢に見たろうか。高雄や由美子には申し訳分けなくて言えずにいた事だ。
「母ちゃん、容疑者捕まったって?」
と言うと光は我に返ったようだ。
「ええ、今有村さんに連絡が来たの。捕まったから動き出すわね。」とキリリとした顔に戻る。やっと会えた、と、その溢れる嬉しさを感じて、少しシワやシミが顔に出ている光の顔をじっとみる。
これが母ちゃんの十四年の顔なんだな。と純也は思う。
僕が鈴木の父さんや母さんに何不自由ない暮らしをさせて貰ってる間、この母ちゃんは父の無実を訴え続けて、今やっと希望の光が見えて来たんだ。と、そう思うと知らずに涙が滲む。
そこに有村のスマホが鳴った。

皆の視線がそこに集中した。
「はい有村、え、そうか!いよいよ進むか!ありがとう佐々木!」有村の声が弾んでいる。みんなはその内容を待っていた。
「先生、中川のガサ入れ始まるようです。」伊藤弁護士に向けて其の報告が飛んだ。
経って仲間だった佐々木捜査員が気を利かして報告してくれたものだった。
供述の様子を見てガサ入れの必要有りと見た捜査課長がガサ入れの許可を要請したものだった。「それでは再審請求を最高裁に提出急いで作ります。」と伊藤弁護士が皆に向かって言う。

拍手が起こり夫々メンバーの目は期待に輝いている。
それでもから振りに終わることも有るが今回は、という気持ちのオーラが皆から出ているのだ。

高雄も、由美子も、そして純也も今度こそ!と願わずに居られない。

今日の会議はこれで解散しても良いのだが誰も帰ろうとはしない。伊藤弁護士も夫々の支援員と代わる代わる話しをしている。まるで勝利の前夜祭みたいな雰囲気である。そこへ明夫の妻がお茶の用意をしていた入って来たから余計であった。

長年共に闘う仲間の連帯は想像を超えて強いものなのだろう。

伊藤と皆の繋がりも深くてその間に何軒かの他の案件にも手を尽くして来たようだ。

伊藤弁護士は派手さは無いが皆から信用される善意の弁護士の様に見えた。温和な性格、凡そ近づきずらい様子は見せない。

だが一旦冤罪を伴う裁判ともなると其の裁判に置いて力を発揮し、居合わせた者を震え上がらせる程の強固な姿を見せるである。真実を追求する力のある熱血弁護士に変身する。

その姿や、有村や、支援者の熱意を純也は目の当たりに今見ているので有った。胸に込み上げる熱い物。其れは一体何であるのか彼はまだ分からずに動揺している。

                          9に続く