二つの親 6

三鷹市井口に住むサラリーマンは櫻井と、名のっている。その日、飲みに三鷹駅に降り立った。そこで支援者に聞かれたのである。武蔵境と三鷹市の間を通る富士見通りの信号を超えて少し深大寺町に向かったところに自分のマンションが有る。富士見通りの角のコンビニで夜遅くに時折会う男とよく似ている。そんな事が書かれていた。「これ、吉田さんが追いかけた辺りじゃないかな。」と康介が有村を見ながら聞くと、

「確かにな、これは当たってみる必要があるなー、ただ、」と言って口ごもった。

「ただなんですか?当たりましょうよ。無駄じゃない。」と康介が言うと有村は顔を顰めて

「どうも怪しい、犯罪を犯して逃げて居るのにしてはヤサにしているところが近過ぎるんだ。もし、この男が中川で、あれから逃げてるとしたらまだ彼には他にも目的が有るのかも知れん。」

康介は驚き、有村に捜査員の目と言うものは凄いと感じられずに居られなかった。

有村は更に言う。

「早く抑えないと第二の事件を引き起こすかも知れん。」康介は驚いた。

「今夜吉田さんに詳しい事聞いて確信がも待てたら即武蔵野北警察署に話しを通しておこう。」と有村は言う。其れが再審請求を通す一番の手かも知れなかった。警察が動いてくれれば自ずと生田清志の免罪が浮上する。また、それを願わずに居られない。早く清志の身の潔白を証明したい。其れは二つの純也の親も支援者達も願って止まない事なのであるのだ。しかし免罪は警察の汚点である。かなり時が経ってしまった事件。すんなりと聞き入れ動いてくれるかは今の捜査課の考え方が違って居る事にかけなければならない。どんな思いを持つ課長であるのか、信念を持つ捜査員がいてくれるにかかっている。

だが、確かに事は進んでいる。有村はそう思った。

夜10時を過ぎて三人は吉田美佐子と会うことが出来た。相変わらず感じの良い人であった。直ぐに車に乗せ吉祥寺の深夜営業しているカフェで話しを聞いた。彼女には家庭は無く、独身である。歳の割に清楚で美しく面々は、いや、特に有村は吉田に対して興味がありそうだ。

伊藤弁護士は気づいて居てもポーカーフェイスであったが康介はそれを悟ると明らかに楽しそうな反応を見せていたのである。

、もしかして〜、と思っていたら遠藤弁護士から太ももをつねられた。で、我に戻った。

この男のどこが坂口健太郎なのだろう?

「吉田さん、中川さんが生田さんを恨んでたと言いましたよね?」と慌てて話しを切り出した。

美佐子は少し笑っていた。

「そうなんです。私聞いちゃったんです。中川さんが料理長に文句言ってるのを。」三人は顔を見合わせた。「其れはいつ頃の話ですか?」

と更に聞くと

「もう古い話しで、あの事件の起きる半年くらい前の事と思うのですが、日にちはもう覚えて無くて。」「怖かったです。あんなに料理長に喰ってかかるなんて。だから強烈に覚えてるんですが。」

有村が聞いた。

「どんな内容だか覚えてますか?」

有村を見つめて答えた。

「ええ、覚えてますとも、忘れられない内容でしたから。」三人は身を寄せて聞き入った。

「何故、父さんはあの男を可愛がるんだ、俺をさて置いて!」

「其れは料理長が中川の父親だと言う事ですか?」と伊藤弁護士が問うと

「分からないのですが、どうもそうらしいです。苗字違うのでまさかとは思ったのですが、そう言えば何となく似てましたね、あの二人。」

その話しが本当だとしたら其の料理長と血の繋がる親子で中川は生田を可愛がる親に怒りを覚えていた事になる。

「生田さんは料理の筋がいいってもっぱらの噂でしたし、あの頃誰にも任せて無かった魚の捌きも任されてましたね。其れに焼きもちを焼いてたのかも知れません。」「それに、生田さんと物の考え方が違って、厨房でも中川さんよく噛み付いていたと聞きました。」三人は大凡その美佐子の話から様子が分かって来た。そこまで聞けばおばさんでも女性である。夜遅くでもあり、安全に家まで送る事にして其のカフェを出て眠らない街吉祥寺を後にしたのである。

有村の車で来ていた。それで有村が家まで送って行った。後に残った遠藤弁護士と康介はタクシーで乗り合いして夫々帰る事にした。「先生、有村さん吉田女子に気がアリアリですね?」と、楽しそうに言う。

それを横目で見ながら遠藤は行った。「そんな事は大人同士に任せておきゃ良いのさ。」そして前に向き直して更に「康介、ふんどしを〆直しとけ。いよいよだぞ。」と窘め、タクシーに向かい手を挙げたのである。

康介は途端に気持ちが引き締まった気がして直立不動の姿勢を取っていた。

其れは純也が由美子の揚げたカツを美味しそうに食べた次の日の夜半の事で有ったので在る。

             7に続く